jan 29, 1933 - ヒトラーに首相指名伝える
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シュライヒャーが去った後、パーペン、オスカー、マイスナーなどの大統領の重臣たちがヒンデンブルクの元を訪れてヒトラーの首相任命を要請した。
ヒンデンブルクはパーペン内閣に戻そうとしたが、ヒトラー内閣も可能と考えるようになっていた。
ヒンデンブルクは「では、あのヒトラーを首相にするのが、わしの不愉快きわまる義務なのかね?」と言って抵抗したものの最後には折れ、パーペンを副首相、ヴェルナー・フォン・ブロンベルク中将を国防相にすることを条件とした。
ヒトラーはパーペンを副首相とすることを不承不承認めたため、ヒンデンブルクもヒトラーが引き下がったことを喜び、ヒトラー内閣を承認した。
翌日1月29日、パーペンは大統領の言葉をヒトラーに伝え、ヒトラーは承諾した。パーペンによる閣僚リストでは外相ノイラート、財務相クロージク、運輸郵政相リューベナハはシュライヒャー内閣からの引き継ぎで、プロイセン内相にゲーリング、経済相に国家人民党のアルフレート・フーゲンベルクだった。
パーペンは保守派によってヒトラーを確実に封じ込めることができると考えており、懸念に対して「われわれはヒトラーを雇ったのだ」と語った。
フーゲンベルクは、ヒトラー内閣以外に選択肢はないが、ヒトラーの権力を制限すべきだと会談で述べ、ヒトラーの就任に反対した鉄兜団に対してヒトラーの封じ込めは可能だと反論した。
ヒトラーは、選挙後に大統領の同意に頼らないようにするための<全権委任法>を通すとパーペンに伝え、頻繁な国会選挙を望まないパーペンとヒンデンブルクも了承した。
首相への道が開けたことにヒトラーとゲーリング、ゲッベルスは喜び、マクダ・ゲッベルスが焼いたナッツケーキで祝宴を開いた。
そこにシュライヒャーの使者ヴェルナー・フォン・アルヴェンスレーベンが訪れ、ヒンデンブルクがヒトラーを首相に指名すれば、軍部のクーデターが起こると警告して去った。
ヒトラーは驚き、ベルリンの突撃隊に警戒態勢を取らせ、党員である警察幹部にヴィルヘルム街(官庁街)の占領準備を命令した。
さらにジュネーブ軍縮会議から帰国中のブロンベルク中将に連絡し、ベルリン駅から大統領官邸に直行させた。この措置は一揆の発生に対応するためと、シュライヒャーとの連絡を絶ってブロンベルクを確実に味方に引き入れるためであった。
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